透明じゃない。

前髪を切った。
切りすぎて、幼さを感じさせる長さ。眉を心持ちキリッとさせてバランスをとる。

売店で購入した麦茶のペットボトルをうっかり落としたら思いのほかコロコロと転がっていってしまって慌てたのだけれど、通りがかった幼児の「パパ、あのひと、だーっておとしちゃったねえ」「そうだねえ」という会話が聴こえてきたのでちょっと恥ずかしく、ちょっと和んだ。
麦茶は焼きすぎた肌のような色をしたまま泡立ち、追いかけた私の掌に触れた。

自分が見知らぬ誰かの認識の中にいることがわかるというのは不思議な感覚がある。誰かと目が合ったりよけられたり話しかけられでもしない限り、私という存在が誰かの認識の中にあるということを知るのは難しい。他人しかいない雑踏の中で基本的に私は透明だ。でもそれは、「私が」感じる透明さであって、他者から見た私が必ずしも透明という訳ではない。幼児は私を認識することで「他人という境界」を超えて「私にも幼児を認識」させた。あの瞬間は確かに、透明じゃなかったんだ。あの子も、そして私も。

あの幼児が最近覚えたであろう「物を落とす」という認識の強化に赤の他人である私が関わっているということも、何だか面白かった。
今日帰宅して、あの子は家族に「だーっておとしちゃった」出来事の話をしたりするのだろうか。
そんな空想しながら微笑んでしまうんだ。

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明け方、自宅のお手洗いの窓にセミがはりついていた。鳴きもせず、動きもせずに密やかに。そうやって朝を待っているのでしょう。