風鈴

猫 サイエンス 哲学

我欲の罠

思い返せば、これまで去る者は追わないという行動が、リアルでもTwitterでも、自分がとってきた唯一の選択だった。


「縁を切る」というその人の意思決定を尊重する気持ちもあるし、私自身の自尊意識もある。あとは何より、追いかけるほどに去られたことに対する傷が深まるように思えるのだった。


傷の大きさは大抵、自分の思い入れの軽重に相関性をもつ。大切だと感じていた相手から(様々な事情があるとはいえ去られたとき)自分が思うよりも自分は大切に思われていなかったというひとつの推論にたどり着き、哀しみを感じてしまうということなのかもしれない。


どのような関係性であれ、心を寄せる重さを量ることは不可能であるし、全くの同等であることなどほぼあり得ないと考えている。それでも、いやそれだからこそ、相手に対する期待は具体的な重さを量られることなく心に浸積し、相手の存在と分離できない感情としていつしか生着してしまうのだろう。


最初から相手に対して期待/執着しないように接することが心の自衛手段として最善手であることを、経験則では知っている。しかしそのような在り方をするりと抜けてくる魅力的な人がいる。そういう相手と相互作用し続けるのは幸福であると知っているが故に嵌まる我欲の罠なのだと自分では感じている。

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