風鈴

猫 サイエンス 哲学

ダウングレード

音が消えるほどの集中と熱狂を求めている。
心の裡の熱と表層に顕れる平穏との非相関。


心を傾注するほど失った時に抉られるのは、自分の一部をそこに置いてきたからだ。

ヒトとヒトがinteractionする時に発生する熱や生成物を無に返すには、それと同等のエネルギーが求められる。不可逆的な反応であれば、2度と元に戻ることはない。
置いてきた自分の一部はもう、損なわれただろうか。それともその場所で連鎖的な反応を続け、熱を生み出しているだろうか。


もし時間という概念が実際は存在しないとしたら、我々が時間感覚を通して認識している老化や劣化、不可逆的な破壊といった一方向に反応するような現象をどのように捉えればよいのだろうね。

時間感覚を共有している存在のみを、実存として認識できる世界線について考えていた。
消えてしまった人々は、もう私の時間感覚の外側にいる。

感情は相殺されることはないのだと思う。可塑性をもち、一度刻まれた記憶は忘れたようでいて、実は保持されているのではないか。
だから私はいつでもそこに、戻ることができるような気がする。
そうやって、時間感覚から離脱してゆくのかもしれない。


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雨上がりの午後は空の色が違う。
美しい秋のいちにち。