風鈴

猫 サイエンス 哲学

書物

「生きていること」イコール生命ではないと、思っている。記憶に遺された出来事も、関わりかたも、言葉も態度も。そのひとつひとつが生命そのものなのだと感じている。
たとえばある考え方を示した人が亡くなったとしても、遺されたその考え方は誰かの心に残り、その人の一部となり、伝承されたり違う形に変わって続いてゆく。生命は蓄積されていくものだという認識が私の中にはあるな。
便宜上「人」という例を挙げたけれど、動物とのふれあいも、愛用してきた道具などの物でもそうだ。それらとのかかわり合いの中で遺された記憶もまた、私にとって生命であり、私の生命を作ってくれる一部なのだと感じている。
実存そのものに価値があると捉えるひとも多いと思う。私も大切な存在の実存を喪いたくはない。でも、たとえ実存が喪われたとしても、その存在の価値が損なわれる訳ではないということもまた、感じている。


マラルメ「LE MONDE EST FAIT POUR ABOUTIR A UN BEAU LIVRE.(世界は一冊の美しい書物に近付くべく出来ている)」(吉田隼人氏訳)という言葉、色々な意味に捉える事が出来るけれど、私の生命のイメージはこのひとことに集約されているかもしれない。
幼い頃よく耳にした「死んだら星になる」という表現、物理的にも心象的にもしっくりくる表現だなと、今更ながら感心している。私も死んだら星になるのだという思いは心の奥深くでずっと、優しく根づいてる。

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ことばも、在り方も、考えも、私の身体を形づくる。食べたものがそうであるように。

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