Miscellaneous notes

【秘匿】
自分が密やかに大切にしているものを踏みにじられたくないという気持ちがあることをふと、自覚する。

大切なものほど秘匿する性質が私にはある。

私が秘匿する理由は以下のふたつが想定される。
ひとつめに、開示が自身の羞恥心に関わるケース。
ふたつめに、独占/所有欲に起因するケース。
私の場合、後者の理由が圧倒的な割合を占めている。


【信頼】
私にとっての信頼とは、「自分が見積もった分と同等かそれ以上のパフォーマンスで応えてくれるという期待」のことを指すかもしれない。
例えば仕事ならば「ここまで任せても大丈夫かな」と思える事、恋愛ならば「この人は裏切らない」と感じられること。
見積りは相手の、或いは自分の状況に応じて変動する。自分の状況がある程度把握できていないと正しく見積ることは難しいし、当然相手に対して期待する部分についての理解もまた必要になる。何も情報がない相手を信頼するのが難しいのはそのような理由があるからなのかなと考えている。
しかし信頼、比喩ではなく言い換えで説明するのがとても難しい言葉だ。この言葉それ自体で説明が完結している表現という感じがする。

【接続と伝達】
私からするとTwitterでのRTやふぁぼはweb上に張りめぐらされた神経に起こるスパークであり、刺激であり、接続と伝達の存在様式の可視化であるといった感覚がある。言葉は身体機能の一部を拡張する道具でもある。遠くフォロー外まで自分の言葉が届いて何らかの現象が起きているとしたら、それは自分の発した情報刺激がもたらす遠位端での作用とも言えるかもしれない。
また、人間同士が(グリッドコンピューティングのように)ネットワークで繋がり1つの集合知を形成していると見立てた時、言語や態度を介して伝わり他者の感情を自己の中に再現するタイプの「共感」はケーブルを経由しない神経伝達物質のような働きをするとも言えるんだな。

【】
寂しさと虚しさ、よく似てるけど違う。誰かといれば虚しくならない訳じゃない。独りでいても寂しくはない。
充実していない状態を寂しさと勘違いしてしまうことがあるけれど、あれは寂しいのではなく、虚しさなのだな。誰かに埋めてもらうようなものではなく、自ら何かで充たすことが必要なんだ。

【空】
空箱、「からばこ」じゃなくて「そらばこ」だとしたら、ふたを開けた瞬間に壮大な景色が拡がるんじゃないかなどと考えながら歩いていた。腕の中に「空を閉じ込めた箱」を抱えながら。


【部品】
書物や会話や行動や思考などから獲得された個々人の「知」が部品の1つとして集積或いは継承され、総合的に「大きな知」を形成してゆく様を思い描く度、この世界に存在する総ての人々がその壮大なロマンに組み込まれているのだなと気づかされる。

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